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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1185号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 長谷川英雄 外一名

被控訴人(附帯控訴人) 吉武綾女

主文

一、原判決主文第一ないし第三項を取り消す。

二、被控訴人の請求(本訴)を棄却する。

三、控訴人長谷川英雄の請求(反訴)を棄却した部分に対する同控訴人の控訴を棄却する。

四、訴訟費用は、第一・二審を通じて三分し、その二を被控訴人の負担とし、その一を控訴人長谷川英雄の負担とする。

事実

一、控訴人らは、主文第一、二項同旨の判決を求め、控訴人長谷川英雄は「原判決主文第四項を取り消す。被控訴人は、控訴人長谷川英雄に対し、原判決別紙第二目録記載の建物部分を明け渡し、かつ、昭和三八年一月一九日から右明渡ずみにいたるまで、一か月三万四千円の割合による金員を支払え。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、被控訴人は、本訴請求原因ならびに控訴人らの抗弁に対する答弁を、次のとおり述べた。

(一)  訴外吉武鼎六郎(以下、本判決において、訴外人という。)は、その所有する本件土地建物(原判決別紙第一目録記載のもの)を、昭和三七年一二月八日に控訴人長谷川英雄に売り渡し、同月一五日その旨の所有権移転登記(東京法務局杉並出張所受付第三一、八〇六号)を経由し、控訴人長谷川英雄は、同月八日に、貸主・控訴人長谷川芳雄のために、同人に対する一四〇万円の借金債務を担保するため、本件土地建物に抵当権を設定し、同月一五日に、その旨の設定登記(右出張所受付第三一、八〇七号)を経由した。

(二)  訴外人と被控訴人とは夫婦であるが、両名間には、昭和三一年一〇月二二日に、東京家庭裁判所において、同年(家イ)第二一五五号夫婦関係調整調停事件について「〈1〉訴外人は、被控訴人に対し、生活費として、昭和三一年一〇月から一か月三万円づつを、毎前月末日かぎり直接手渡す。〈2〉訴外人は、被控訴人に対し、前項のほかに、住宅金融公庫支払金および子の教育費を支払う。」との条項を含む調停が成立し(甲第二号証の一)、昭和三三年一一月二〇日に、同裁判所において、同年(家イ)第四二〇七号調停条項変更調停事件について、前記調停条項第一項を「昭和三三年一二月一日から、訴外人は、被控訴人に対して、被控訴人および当事者間の長男・良一郎の生活費として、一か月一万円づつを、毎月二五日かぎり支払う」ことに変更する旨の調停が成立した(甲第二号証の二)。

(三)  右調停条項にもとづき、訴外人は、被控訴人に対し、第一項の生活費として、昭和三一年一〇、一一月分(合計六万円)および昭和三三年一二月分から翌三四年五月分まで(合計六万円)を支払つただけで、訴外人が、本件土地建物を売却した昭和三七年一二月八日当時において、未払生活費一一四万円の債務を負担していたのに、訴外人の唯一の財産である本件土地建物を、右債務が支払不能になることを知りながら処分したので、被控訴人は、右売却行為(もし、売却日時が、控訴人ら主張のとおり、昭和三五年一〇月二〇日と認定されるならば、その売却行為)の取消と、前記各登記の抹消とを求めるため、本訴請求に及んだところ、訴外人は、控訴審係属中の昭和四一年一二月二七日に、右一一四万円、これに対する昭和三七年一二月八日から四一年一二月二五日までの年五分の損害金二三〇、八一一円、昭和三七年一二月分から四一年一二月分までの四九か月分の生活費合計四九万円、これに対する各支払期から昭和四一年一二月二五日までの損害金五一、〇四〇円、以上合計一、九一一、八五一円を弁済供託し、被控訴人は、昭和四二年三月一〇日にこれを受領したので、被控訴人の訴外人に対する生活費債権は、右の限度で消滅した(ただし、各支払期から昭和三七年一二月八日までの損害金は、残存している。)が、右調停にもとづく被控訴人の訴外人に対する債権は、現在なお、次のとおり存在しているから、本件売却行為が詐害行為となることには変わりがない。

(1)  第一項による生活費昭和四二年一、二月分、計二万円

(2)  第一項による生活費月一万円の昭和四二年三月分から被控訴人の生存推定年数二三か年分の合計金額からホフマン式計算法で年五分の中間利息を控除した一、八〇五、四〇〇円

(3)  第二項にもとづき、本来訴外人が負担すべき長男・良一郎および二男・酉次郎の教育費を被控訴人が立て替え支払つたことによる求償債権一、五三二、七四〇円(その明細は、甲第二三号証の一、二記載のとおりである。)

(四)  控訴人ら主張の善意の抗弁事実は否認する。教育費求償債権を放棄したことはない。当事者でない控訴人らに消滅時効の援用権はない。六〇万円の弁済供託のあつたことは認めるが、弁済提供がなかつたから、債務消滅の効果は発生しない。

三、控訴人らは、被控訴人の右請求原因事実に対して、次のとおり述べた。

(一)  被控訴人主張の(一)の事実(ただし、買受日時を除く。)、訴外人と被控訴人とが夫婦であること、訴外人が一、九一一、八五一円を弁済供託し、被控訴人がこれを受領したことは認めるが、その余の被控訴人主張事実は争う。本件土地建物を控訴人長谷川英雄が買いうけた日時について、はじめ、被控訴人の主張事実を認めたが、右は、事実に反し錯誤にもとづくものであるから、取り消す。同控訴人が本件土地建物を訴外人から買いうけた日時は、昭和三五年一〇月二〇日である。

(二)  教育費立替求償権を、被控訴人は黙示的に放棄した。甲第二三号証の一記載の昭和三一年四月から昭和三二年三月までの五九、四〇〇円および甲第二三号証の二記載の前記期間の八、四六〇円は、一〇年の時効期間の経過により消滅している。なお、訴外人は、昭和四三年六月一二日に、教育費支払債務弁済のため、六〇万円を供託した(訴訟中の故をもつて、被控訴人から受領を拒絶されることが明らかであつたから、弁済の提供はしなかつた。)。これによつて、訴外人の本件土地建物売却行為当時に、被控訴人が訴外人に対して有していた債権(被保全債権)は、全部消滅したから、取消権は消滅した。被控訴人主張のその余の債権は、すべて右売却行為後に発生したものであるから、被保全債権になりえない。

(三)  控訴人らは、本件各行為当時、債権者を害すべき事実を知らなかつた。

四、控訴人長谷川英雄は、反訴請求原因として、次のとおり述べた。

(一)  本件土地建物は、もと訴外人の所有であつたが、同控訴人は、昭和三五年一〇月二〇日に、これを代金三〇〇万円で買いうけ、その所有権を取得した。

(二)  被控訴人は、本件建物のうち、原判決別紙第二目録記載の部分を昭和三八年一月一九日以前から占有し、同日以降一か月三万四千円の相当賃料の損害を蒙らせている。

(三)  よつて、同控訴人は、被控訴人に対し、右建物部分の明渡と、昭和三八年一月一九日から明渡ずみにいたるまで一か月三万四千円の割合による損害金の支払を求める。

五、被控訴人は、反訴請求原因に対して、次のとおり述べた。

(一)  同控訴人が、訴外人から本件建物を買いうけ、その所有権を取得したことは認めるが、右売買行為は、詐害行為であつて、取り消されるべきものであるから、同控訴人は、被控訴人に対して、所有権取得を主張できない。

(二)  本件建物全体を訴外人が占有しているのであり、被控訴人は、家族の一員として、訴外人の占有補助者の地位において、右建物に居住しているにすぎず、独立の占有を有するものではないから、反訴請求は失当である。

六、証拠〈省略〉

理由

A  まず、被控訴人の控訴人らに対する詐害行為取消の本訴請求について、判断する。

一、被控訴人の請求原因(一)の事実は、当事者間に争がない(控訴人らは、売却日時についての自白を撤回し、売却日時は、昭和三七年一二月八日ではなくて、昭和三五年一〇月二〇日であると主張するが、右自白の撤回の許されないことは、原判決に認定説示するとおりであるから、これを引用する。)。

二、よつて、訴外人が、昭和三七年一二月八日に、本件土地建物を、控訴人長谷川英雄に売却した行為が、被控訴人の債権を害する行為にあたるかどうかの争点について判断する。

(一)  成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、二に証人吉武鼎六郎の供述(第一審)、被控訴人尋問の結果(第一審)を総合すると、被控訴人は、昭和一三年に訴外人と結婚し、その間に長女・紀子(昭和一五年二月一一日生れ、昭和二〇年一二月に被控訴人の父である斉藤儀三郎の養女となる。)、長男・良一郎(昭和一八年七月二六日生れ、高校卒業後、国際電信電話会社に勤務している。)、二男・酉次郎(昭和二〇年五月一日生れ、高校を中退し、帝国ホテルに勤務している。)の三人の子ができたが、昭和二九年頃から、夫婦仲が不和となり、ともに本件建物に居住しながら、食事も別であり、口もきかない状態であつて、被控訴人主張の各調停が成立している事実を認めることができる。

(二)  右証拠に、被控訴人の供述(第二審)によつて成立を認めることのできる甲第二三号証の一、二によると、訴外人が、控訴人長谷川英雄に本件土地建物を売却した昭和三七年一二月八日現在において、被控訴人は訴外人に対して、調停条項第一項にもとづく生活費債権一一四万円、第二項にもとづく教育費求償債権四九六、四二〇円を有していたことが認められる(甲第二三号証の一、二は、被控訴人の当審における供述によると、同人が、その記憶とメモと子供達のいうことをきいて、すでに支出した教育費を書き出したものというのであるから、必らずしも正確とは思われないが、同記載を措信するとして、長男・良一郎については、同号証の一の入学準備金・入学金・月謝・教科書・PTA会費の各欄を高校卒業まで合算すれば、二六六、七〇〇円となり、二男・酉次郎については、同号証の二の右各欄を昭和三八年三月まで合算すれば、二二九、七二〇円となる。その余の各欄は、教育費とは認められない。)。

ところで、右生活費一一四万円については、控訴審係属中の昭和四一年一二月二七日に、訴外人が、損害金とも合計して一、九一一、八五一円を弁済供託し、被控訴人がこれを受領し、教育費については、昭和四三年六月一二日に訴外人が被控訴人に対して六〇万円を弁済供託したことは、本件当事者間に争がない。右六〇万円については、弁済提供がされていないことは、控訴人らの自認するところであるが、現に訴訟中であつて、被控訴人が受領を拒むことが明らかに予想される場合というべきであるから、提供がなくても、供託によつて債務消滅の効果を発生すると解するのが相当である。そうとすれば、昭和三七年一二月八日現在において、被控訴人が訴外人に対して有していた債権は消滅したものというべきである。

三、被控訴人は、昭和三七年一二月八日以後に弁済期の到来するその主張の債権を保全するためにも、右売却行為を取り消すことができると主張する。詐害行為の取消を求めうる債権は、行為当時発生していれば足り、弁済期の到来していることは必らずしも要しないが、被控訴人の主張する債権は、婚姻費用分担債権(民法七六〇条)であつて、その分担額は、夫婦の資産・収入・その他一切の事情の変動について変化すべき性質のものであり、売買代金債権や貸金債権のように確定したものではなく、現在においては、調停によつて、一応生活費については一定額の定期金が定められているものの、前記事情の変化により、いつ、調停または審判によつて変更または取り消される(民法八八〇条参照)かわからないのである(現に、本件において、生活費三万円がのちに一万円に変更されている)。従つてかかる債権につき将来長期にわたる支払金の合算額からその中間利息を差引き現在の価格を確定することは不可能といわねばならない。

そうすると、本件の詐害行為以後に支払わるべき生活費債権は、むしろその弁済期ごとに発生するものと解すべく、したがつて、これにつき行為当時すでに被控訴人主張のような確定的債権が存するものとしてこれを保全するため、詐害行為の取消を求めることは許されないものというべきである。

四、よつて、被控訴人の詐害行為取消請求は、右行為当時までに生じた被保全債権の消滅により、理由なきに帰したから、これを棄却する。

B  つぎに、控訴人長谷川英雄の被控訴人に対する本件建物明渡の反訴請求について、判断する。

一、同控訴人が、昭和三七年一二月八日に訴外人から本件建物を買いうけ、その所有権を取得したことは、前説示のとおりである。

二、しかし、本件建物には、被控訴人とともに訴外人も居住していること前認定のとおりであり、両名は、不仲とはいえ、いまだ法律上の夫婦であり、訴外人が、本件売却まで所有者であつたのであるから、本件建物の占有者は訴外人であるというべく、被控訴人は、その家族として、訴外人の占有補助者として居住しているにすぎないものと解するのが相当である。したがつて、被控訴人が占有することを前提とする反訴請求は棄却を免れない。

C  よつて、原判決を一部変更し、民訴法八九条、九二条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口茂栄 瀬戸正二 友納治夫)

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